鹿の積ん読

漫画を読んだり、小説を読んだり。好きなものの話をします

十秒、あるいはもっと一瞬の(魚豊「ひゃくえむ。」)

 Twitterである日突然流れてきた短距離走漫画「ひゃくえむ。」の話です。こういう作品が突如出現するの本当怖いですね。まだ始まったばっかりで全話無料みたいなのでさっさと読んでください。てかこれまだ六話だけなのか信じらんねえ。

 

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 ちなみに六話でプロローグが終わりです

 

 十秒ってすごいですよね。十秒で何ができます? 僕は何もできない自信があります。なのに彼らは十秒で百メートルをも駆け抜けていく。刹那の積み重ねが人生を変えてしまう流れがとても丁寧で、だから背筋が震えるくらい恐ろしい、そんな作品です。

 プロローグは小学生編。主人公のトガシくんは小学生で、天才で、性格も落ち着いていて前ホントに小学生かよと思わずにいられないような男の子です。彼の前に現れた少年、小宮くんとの出会いが彼の(あるいは彼らの)人生を大きく変えていくことに……とここまでがプロローグ。六話をかけた長い序幕はあまりに苛烈で、ここから先のシンプルで残酷な世界を予感させるに十分なものでした。マジで怖い。小宮くんも怖いけどそうさせる何かがあるという説得力がさらに怖い。

 さわやかな面も確かにあるんですけど、この作品、展開がものすごく不穏なんですよね。一話で「熱」が持つ輝かしい側面を描いておいて即裏返しの仄暗さを展開するところとか、仁神くんのセリフの意味がぐるんと反転するところとか、容赦ねえなと思います。仁神くん、中学生だとは信じられないくらいとても誠実に小学生と対話してたのにあんな結果になるのあまりにも……。救いはどこにあるんでしょう。

 いやー、それにしても話運びに迷いがなさすぎますね。一直線に地獄へ向かっているように見えるんですがどうなるんですか? 次は高校生編? 0.01秒の世界? 勘弁してほしい。

  題材が「100メートル走」という超シンプルな世界だからこそむき出しになる実力と価値。勝ちは勝ち、負けは負け。誤魔化しも言い訳も介在できない生々しい結果の世界には人を狂わせるだけの力があります。試合中相手選手との相互作用が一切ないの本当苛酷ですよね。球技なら相手によって勝ったり負けたりを繰り返すこともあるでしょうけど、100メートルをただ突っ走るだけだと相性もクソもないわけですし。十秒よりも短い世界、一瞬の世界は人が生きるにはあまりに速く荒々しい。高校生編、楽しみです。怖いけど。

 

 あと、同作者さんの読み切り「佳作」(佳作というタイトルの入選作品です。ややこしい)もすげー面白いので是非どうぞ。98回のやつです。ひゃくえむのB面みたいな作品だと勝手に思ってます(ひゃくえむの今後がさっぱりわからないので断言はできませんが……)。

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